この映画のヒロイン、“ジューン・カーター”を演じたのは「キューティ・ブロンド(2003年)」の大ヒットで一躍「ラブコメの女王」と評されるようになった“リース・ウィザースプーン”。ここで魅せた見事な演技力と歌唱力は「アカデミー賞主演女優賞」の栄冠をもたらし、また彼女を名実共にビッグスターへと押し上げました。確かにこの作品の中の彼女の演技は輝いていました。しかし僕にとっては“ジョニー・キャッシュ”役を演じた“ホアキン・フェニックス”の醸し出す「存在の切なさ」の方により強く心を惹かれました。
ホアキン・フェニックスは「スペース・キャンプ(1986年)」での銀幕デビュー以来、ニコール・キッドマン主演の「誘う女(1995年)」、ニコラス・ケイジ主演の「8mm(1999年)」、そしてホアキン自身が主演を務めた「炎のメモリアル(2004年)」など作品にも恵まれて、着実に名優への階段を昇っているようです。そんな彼の出演作の中で一番好きなのは、リドリー・スコット監督が描いたローマ史劇「グラディエーター(2000年)」での演技。そこでのホアキンの役どころは、コンプレックスの塊とも言える“愚かな皇帝コンモドュス”。異常なほどに執着心の強い傲慢な権力者を見事に演じきっていました。
彼の持ち味である「切なさ」と「異常さ」。それがどこから来るものなのか、実は最近まで僕は分かりませんでした。彼があの“リバー・フェニックス”の弟だと知る時までは・・・・。
リバー・フェニックスは「スタンド・バイ・ミー(1986年)」で一躍人気スターとなった“カリスマ俳優”。その後「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦(1989年)」で“若き日のインディ・ジョーンズ”を演じ、「マイ・プライベート・アイダホ(1991年)」では「ヴェネチア映画祭主演男優賞」を受賞。実は彼の最高傑作との呼び声も高い作品で、そんな俳優として絶好調期を迎えたかと思われた1993年、彼は薬物の過剰摂取によって23才という若さでこの世を去ってしまいました。
その弟、ホアキンが「ウォーク・ザ・ライン」で演じたのは、薬物への依存から抜け出せなくなるアイドル的人気を博した伝説のカントリー・シンガーでした。一時はドラッグにまるで魂を吸い取られたかのように、すべてを失いかけてしまう主人公ですが、愛する人への思いと愛する人からの情に支えられ、見事に人生にカムバックするというのが映画のストーリーです。実話に基づいて描かれたこの作品はジョニー・キャッシュの青春映画ではあるのだけれども同時にリバー・フェニックスの短い生涯が重ねて描かれているようにも思えます。そしてそこにはホアキン自身が長い年月の中で背負い続けてきたコアな思いも重なって、とても不思議なリアリティが展開されています。彼の演技には「特別な何か」があり、その存在には「深い憂い」が感じられるのです。しかしそれでも尚、彼の中の「特別なもの」が本当に花開くのはこれからずっと先なのでしょう。きっと彼自身が自分というものを含めたすべての存在を俯瞰して眺め、演じるようになる頃に。