It's my melodyいつか君の夢 かなえるために 今日を生きているよ 忘れないで
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「壬生義士伝」 21:34
 先日、僕の大好きな映画「壬生義士伝」という邦画作品がテレビで放映されていました。ちなみに「義士」とは「人間としての正しい道を堅く守り行う男子」のことです。
 
 主人公となっているのは新撰組隊士「吉村貫一郎」という人物。彼は、その行いから組内の同士から武士にあるまじき「守銭奴」などというレッテルを貼られます。しかしそれは彼の「義」とするところの「家族を守ること」を貫く中で生まれた誤解でした。愛を守る為に金銭が必要なこともあるのです。真実の彼は深く誠実な心を持っている人でした。

 そしてもう一人の主人公は新撰組で吉村の先輩格であった「斉藤一」。彼は何よりも「偽善」を軽蔑する人物でした。実は彼自身が社会や自分の心の中に存在する「偽善」に悩み、もがき苦しみながら生きていたのです。

 この物語はそんな二人を中心にして、「義」というものを重んじ、幕末を生き抜いた人々の人生を描いています。僕にとってこの映画は「己にとっての義とは何か」ということを激しく問いかけられた作品でした。生きる時代やそれに伴う社会の中でのモラルの形は違って見えるとはいえ、人として生きることの苦しみや喜び、そして「義」を求め続ける人にとっては今の世界も同じであるのだと改めて感じさせられました。

 「義」とは何か。それはその人の人生の中で変わってゆくものだと僕は思っています。もしかすると人生は「真の義」を見つける旅の為に用意された「道」のようなものかもしれません。そんな未だ暗中模索の僕の心の中には生涯変わらないであろう、ひとつの「願い」があります。それは、自分に正直に生きてゆきたい、ということ。とても簡単なことのようで実は困難なことだと思っています。何せ、本当の自分自身というものを僕は今も探し続けているのですから。しかしそうした「願い」に根付いてゆく行いとそこから育まれる思いを積み重ねる中で、少しずつ自分の「義」というものが見えてくるものではないかと考えているのです。

 「人間としての正しい道」とは「自分の大切にしたいものを大切にして行きてゆくこと」今の僕にはそんな風に思えるのです。さて年老いた時の僕はどんなことを大切にして生きているのでしょうか。「義」に生きるということの素晴らしさを感じたくなった時、また自分の中の「義」を見失いかけた時にぜひこの作品を観て欲しいと思います。きっと僕もこれからの人生の中で幾度となくこの作品を観ることでしょう。
| cinema | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 和栗卓也
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