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「東映フライヤーズ」 23:20
 北海道日本ハムファイターズが44年ぶりの優勝を飾りました。前回優勝した44年前は「東映フライヤーズ」というチームでして、本拠地は何と神宮球場(現在は東京ヤクルト・スワローズの本拠地)でございました。

 僕がプロ野球をちょくちょく観に行っていたのは1970年の頃。その当時、父親が毎日新聞に務めていた関係で「ロッテ・オリオンズ(ロッテという球団名の前には「毎日オリオンズ」「大毎オリオンズ」という時代があったのです)」の無料の内野席券だけは常に手に入る状況にありました。そしていつもいつもロッテの試合ばかりを観ているうちに、いつしか僕はロッテのファンに・・・・。

 その当時のパシフィック・リーグはロッテ・オリオンズ(現ロッテ・マリーンズ)、東映フライヤーズ(現北海道日本ハムファイターズ)、近鉄バッファローズ、阪急ブレーブス(現オリックス・バッファローズ)、西鉄ライオンズ(現西武ライオンズ)、南海ホークス(現ダイエー・ホークス)の6球団で構成されていました。中でもロッテの次に好きだったのは「東映フライヤーズ」というチーム。その頃の東映にはスター選手がたくさんいました。投手では土橋、金田、20勝を上げ新人賞に輝いた尾崎。野手では4年連続首位打者の張本(巨人)、本塁打王&打点王の大杉(ヤクルト)等がいましたからとても華やかでしたね。

 僕にとって忘れられないのは、当時のロッテのホームグランドであった東京球場で行われた1971年5月3日の試合。10連敗をしていた東映はその日も終盤まで6対2で負けていました。またあっさり負けてしまうのかと思われた9回最後の攻撃。東映はロッテの選手のエラーを足がかりに6対6の同点に追いついたのです。そして延長に入った10回表、大きなドラマが待っていました。ツーアウトから作道丞が逆転の満塁ホームランを放つと、続く大下剛史、大橋穣、張本勲、大杉勝男がすべてフェンス超えの打球をかっ飛ばしてしまったのです。結局、「五者連続ホームラン」という、いまだ破られていない日本新記録達成の瞬間を僕は目撃したのでした。ロッテ・ファンにとってはものすごーい衝撃・・・・。あの時、もうちょっとで東映のファンになってしまうところでしたよ。それは、彼女の隣にいながら、すれ違ったグラマラスなバディの女性に心を持っていかれそうになる瞬間みたいな感じでしたね。

 その後、東映は1972年から「日拓ホームフライヤーズ」、1974年から「日本ハムファイターズ」に。そして2004年から本拠地を東京ドームから北海道の札幌ドームに移すと共にチーム名も「北海道日本ハム・ファイターズ」となりました。

 今日の試合では優勝が決まった後に選手同士が延々と抱擁し合うシーンがあり、強く印象に残りました。その様子をじっと観ているうちに僕はまたこのチームに心を持っていかれそうになっていました。まぁ特にご贔屓球団のない今だから全然良いんだけどね。来シーズンは久しぶりに球場へ足を運んでみようかな。
| sports | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 和栗卓也
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