It's my melodyいつか君の夢 かなえるために 今日を生きているよ 忘れないで
すべてのこと 今 思いのままに そして きっと明日のために

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | - | posted by スポンサードリンク
「when I'm sixty-four」 16:42
 ♪私がおばさんになっても本当に変わらない?とても心配だわ あなたは若い子が好きだから・・・・

 森高千里さん自身が作詞をした、この「私がおばさんになっても」という曲が発売になったのは1992年6月25日。僕は既に32歳の立派な「おじさん」になっておりました。

 この曲をはじめて聴いた時、僕は思わず苦笑い。それはこの曲の詞が別の懐かしい楽曲を思い出させたからでもあります。その懐かしい楽曲とはビートルズの「ホエン・アイム・シックスティフォー」。この曲が発売されたのは1967年の6月1日。当時、ロック・アルバム史上最高傑作と云われ、世界で1300万枚を売り上げた「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に収められていました。詞の内容は・・・・

 ♪君はまだ僕を必要と思っていてくれるのかな?まだ僕に食べさせてくれる?僕が64才になるその時に・・・・

 この曲の作詞、作曲をしたのは稀代の天才アーティスト、ポール・マッカートニーは昨日6月18日に65回目の誕生日を迎えました。彼はビートルズ、ウイングス、そしてソロとして数え切れない程の名曲を残した人であり、僕にとっては憧れの存在です。そんな彼が当時、ロック・ミュージシャンを撮るカメラマンとして有名だったリンダ・イーストマンと結婚したのは1969年のことでした。

 結婚後、ウイングスの活動に参加したリンダは動物愛護、環境保護のためにその生涯をかけて闘い続けました。そして晩年は乳癌とも闘い続け、1998年4月19日、最愛の人の腕に抱かれたままこの世を去りました。ポール・マッカトニー58歳の時でした。

 ポールとリンダが結婚していた29年間、二人は一晩たりとも離れることはなかったと云います。リンダと知り合ってからのポール・マッカートニーの音楽はひと言で云って「生きる喜びの音楽」。そんな彼の人生はリンダによってずっと支えられ続けてきたのだと僕は感じます。ポールが楽しみにしていた64歳の時、リンダはもうこの世にはいませんでした。しかしポールの心からリンダの存在が消えることはこれからも永遠にないのでしょう。またリンダの魂からも彼と生きた日々は消えることはないはずです。彼と彼女とで育んだ二人の「人生」という名の食卓の上にはいつも「愛」というご馳走があるのですね。

 下記はリンダさんの死に際して発表されたポールの声明文です。

 『・・・・ふたりといない特別な人だった。リンダと出会ってから、世の中をそれまでよりもっといいものだと思えるようになった。彼女の愛のメッセージは、これからも永遠に僕たちの心の中で生き続けます。愛してるよ、リンダ。』

 さて64歳になった時、僕の食卓にはどんなご馳走があるのでしょうか?
| music | comments(2) | trackbacks(0) | posted by 和栗卓也
スポンサーサイト 16:42
| - | - | - | posted by スポンサードリンク
Comment








素敵な二人ですね。奥様を早く亡くされてしまったのは残念ですけど…。それにしてもなぜ『64歳』なんだろ。素朴な疑問です。
posted by まな♪ | 2006/06/20 6:06 PM |
このブログが書かれた同じ日、新聞に「歌のようには…妻がいない誕生日」の見出しでポール・マッカートニーさんの記事が掲載されていました。現在離婚をし、傷心の日々を送っていると紹介され悲哀を感じさせる記事となっていました。でも、ブログでは40年前にこの曲が作られた時の視点でこの曲を紹介されてポールとリンダの永遠の愛の深さが伝わってきました。同じ内容でも捉え方によって、全く違ったものになるんですねぇ。どんな時も前向きに感じている事って大切ですね。
posted by (#^.^#) | 2006/06/20 11:04 PM |
Trackback
この記事のトラックバックURL: トラックバック機能は終了しました。
<< NEW | TOP | OLD>>