It's my melodyいつか君の夢 かなえるために 今日を生きているよ 忘れないで
すべてのこと 今 思いのままに そして きっと明日のために

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新海誠作品と出会って 04:58
 「秒速5センチメートル」を観て感動してからというもの、新海誠さんの監督した他作品を観たいと思い、探し続けていたのですが、それが先週末、僕が普段利用しているレンタルDVDの知られざる商品棚(この棚だけにはないと僕が勝手に思い込んでいただけなのですが・・・・)に存在していたことが発覚!すぐにレンタルしてまいりました。

 借りてきた二枚のDVDの中には全部で三作品が収められており、内訳は「ほしのこえ」「彼女と彼女の猫」という短編が二本と「雲の向こう、約束の場所」という長編が一本。それだけでは見飽きたらず、勢いのついてしまった僕は、ご本人が活動報告をなさっている“Other voices”や“Youtube”にアップされているものまで観まくっておりました。

 新海さんの作品は、僕の中にある「誠実さ」というものを思い出させてくれたり、普段僕自身が考えるのとはまた違う視点で考えさせてくれたりします。人生はこの「誠実さ」という、とても美しい言葉の意味を探し続けてゆく旅・・・・そんな風に僕は感じることがあります。それは生きている間、不誠実であることから離れられないであろう自分自身と辛うじて共存し続けてゆく術を探す旅であると云えるかもしれません。だから時に新海作品は僕にかすかな、そして深い痛みを与えます。言い換えればそれは、僕自身が生きているという“証”を感じている瞬間。僕にとってはとても居心地の良い場所にひととき降り立たせてもらっている感覚でもあるのです。

 新海さんの作品たちと出会った僕は、自分の心と、そして自分の人生と静かに向き合う世界をまたひとつ知ることが出来たような気がしています。僕を通して常に流れ出している想像の世界ではこうした作品より受け取ったイメージやメッセージが化学反応を起こし、それがまたいろんな形で僕へとフィードバックされてきます。何とこの世界は面白いものなのでしょう。
| column | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 和栗卓也
最初の発表会 17:20
 「OFFICIAL SNS」の日記で「僕の楽器」というシリーズを書き始めました。その第1回目は「最初の楽器」というテーマ。このブログで2006年4月4日付けで書いた内容に今思い出したことなどを加えて改めて書きました。


 さて僕にとっての「最初の発表会」という話になると中学三年、14歳の頃まで遡ることになります。

 ある時の音楽の授業で4〜6人くらいでグループを組み、一ヵ月後に合奏の発表会を開くという課題が出ました。授業をサボってばかりの僕は肝心な班編成決定の日にも学校を欠席していて、どこの班にもスカウティングされることのなかった“あぶれ組”に入ることになってしまいました。いづれ劣らぬ“表現ベタ”ばかりの6人。そんな中で僕の他に音楽が好きな親友がいたので、二人で顔を突き合わせ、このグループで何が出来るか考えました。そして思い浮かんだのがビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」という曲。基本的に皆が習ったことのあるリコーダーの経験を出来るだけ活かせるものということからそうなったわけです。“あぶれ組”の中で提案をしてみると原曲にも入ってるリコーダーの音に一同安心感を覚えてくれたようであっさり決定。しかし大変だったのはそれからでした。

 親友には「編成をどうするのか」ということと、「どんな風にリコーダーを使うか」ということで随分と相談しました。結局、僕がアレンジを考える時間が一週間、親友が譜面を書く時間が一週間、そして全員での練習に二週間というスケジュールになりました。“表現ベタ”の中にはツッパった子や自閉的な傾向を持った子もいたのでちゃんと練習に参加してもらえるのかと心配をしていたのですが、いざ説得してみるとこちらが拍子抜けするほど快く承知してくれ、練習にも真面目に参加し、発表会までにちゃんと間に合うよう頑張ってくれました。普段、音楽に触れない子たちばかりだったから本当はさぞかし辛かったことと思います。

 発表会の当日は皆カチカチに緊張しながらも一生懸命に演奏。聴いていたクラスメイトや先生からは賞賛をもらい、見事に“優秀賞”を獲得。そして僕を本当に感動させたのは発表会が終わった後の“ツッパリくん”の『僕にやり遂げさせてくれてありがとう』という一言。そんな言葉を彼の口から聞けるなんて思いもしなかったから僕はとても驚きました。

 その学期の通知表の「音楽」での評価が高かったのは言うまでもありません。でもそんなことよりも嬉しかったのは心と力を合わせられると“あぶれ組”でもこんな素敵なことが出来ることを経験させてもらえたこと。

 今では当たり前のことのように編曲という作業をしている僕ですが、時には煮詰まることもあります。そんな時に僕の心の支えになっているのは、実はあの発表会の時のみんなの笑顔だったりするのです。
| column | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 和栗卓也
一週間の始まりは? 23:39
 僕はお仕事を頑張ってやり遂げた後、ご褒美としてお休みがあるという感覚を持っています。けれど“ここからここまでお仕事”というような生活を送れていないので、どこからが一週間の始まりかもよく分かっていないのが実情であります。しかしカレンダーを見ると家にあるほとんどのそれが日曜日から。これはもしかしたら“教会での集い”を大切に考えるキリスト教的な発想なのかもしれない、などと僕は思うわけです。会社のカレンダーは月曜日から始まるものが多いですが、これは僕の感覚に近い人が作ったのかな。

 内容や役割りによって一週間の中で“締め日”がある仕事では週の中日辺りで気持ちを切り替える必要のある人もいると思います。そういう職場では締め日の翌日から一週間が始まるカレンダーを作ったりするのも良いかも。でもそれは自己完結出来る職場でしか有り得ないこと。でないとクライアントの都合とかつい忘れてしまうかもしれないね。いづれにしても自分を見つめ返したり、気分をリセットしたりする為に“始まりと終わり”を決めておくことは大切だと感じます。

 さて僕が楽しみにしている「KUWA☆MAN with N響ブラスフレンズ」のコンサートがいよいよ5日後に迫りました。僕らの年代には懐かしい「ラッツ&スター」のナンバーを中心にとても楽しいライブが繰り広げられるとのこと。コンサート当日は僕自身のライブの練習が深夜から明朝まで入ってしまったので、スケジュール的にはちょっとタイトにはなりましたが、むしろ気分的には良い刺激になるような気がします。もし会場で僕を見かけたら声を掛けて下さいね。一緒に楽しみましょう♪
| column | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 和栗卓也
願い 22:55
 久しぶりに二年前に書いたブログを読み返してみました。ああ、あの時はあんなことを思っていたんだな、と感じたりして懐かしかった。二年の間にも人は大きく変わってゆきます。まして十数年前に書いた楽曲というのは僕にとってはまるでお伽話のよう。でもその中には今の自分とリンクする部分もちゃんとあるわけです。変わった部分が“成長”だとすれば変わらない部分は“個性”と云えるかもしれません。そんな僕の分身のような、一部のような、そんな僕から生まれた楽曲を十数年経った今も大切な時間を使って耳を傾けてくれる人がいるなんて、つくづく幸せだな、と感じてしまいます。だからこそ今の僕は、これから十年経った後にも耳を傾けてもらえるような作品を作りたいと切に願うのです。
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カレー作り 00:15
 カレーを作る。まずは沢山の玉葱を刻んで、弱火でじっくり炒める。林檎やチーズを擦ってみたりもする。気分が向いたらトマトを入れたりもするけど基本的には気まぐれ。そして最後は焦がさないことに気をつけながらひたすら煮込み続ける。

 僕は熱中すると他の事をすっかり忘れてしまったりするから、煮込んでいる間は思い切り楽しいこともしないし、真面目に考え事に集中するなんてこともしない。そんな風に過ごす一日というものは意外な程に少いもんだ。たまにそんな時間がとても必要に感じてくると僕は、ふと買い物をしている間に「カレーを作りたい」と思うらしいです。

 云わばカレー作りは僕にとって精神バランスを整える為の作業のようなもの。なので「煮込み時間」もその時の自分がバランスをとるのに必要な時間だけ煮込むことになります。煮込み過ぎて煮詰まり過ぎてしまうと途中でワインで伸ばすからその時々で出来上がった味も違ってきます。でもそれがその時の自分の「味」なのだと思うと何だか興味深く、また愛しくも感じられてくるのです。

 最近は作品創りもそんな感覚でやってます。今の自分が必要だと思う音や発したいと感じた声を使って表現してみたりします。辿り着かなければならない“場所”というものは決めずにあくまで「ありのままの現在の自分」を探してる。そんなことがきっと大切なんだな、今の僕には。
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年の瀬 23:58
 イベント事とはほとんど縁のない僕にとって、年の暮れを実感する機会というのは意外な程に少ないのであります。でも有馬記念が終わると「いよいよ今年も終わったな」と感じたりするわけです。特に今年は、競馬予想専用ブログ「ONE COIN KEIBA」も開設したこともあり、十数年ぶりにじっくりと競馬と向き合い、その実感もひとしおでした。

 今年は競馬というものを通して今まで見えなかったことが見えてきたように感じたということもありました。それは云わば“真実の尻尾”の、そのまたずっとずっと先っぽにあるようなものかもしれませんけれども・・・・。

 いづれにせよ、探求を進めてゆくことは何事においてもこの上なく楽しいこと。実際にはまだ今年もあと一週間残っています。さてこの一週間でどんなことと出会い、そしてどんな発見があるのでしょう。日々生活の中に何かを探し続ける今の僕にとってまるで人生は大いなる冒険のようです。年の瀬になってまた何かドラマティックなことを見つけられそうな、そんな素敵な予感がしています。
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暖房器具 21:44
 いよいよ師走に入り、これからは寒さも日増しに厳しくなっていくことだと思いますが、先日押入れから暖房器具を引っ張り出したところ、ちょっとしたトラブルがありました。昨年まで使っていた二台のハロゲンヒーターのスイッチを入れてみたところ、一台がまったく稼動せず、もう一台が半分のパワーしか出ない状態。思えば両機とも、購入時に家電店の兄さんに言われた『寿命は約三年ですよ』は何とか全うしてくれています。まぁ仕方ないこととあっさり諦め、元々安く購入したものなので修理することは全く考えずに、新たな暖房器具を購入することに決めました。

 何かを購入しようということになると僕はまずインターネットで調べてみます。機能や性能、そしてそして大きなポイントとなる価格についてきめ細かい調査を行います。その結果「2007−2008 我が家の暖房器具」に選ばれたのがコレコレ

 オイルヒーターは以前にデロンギ社製を使っていましたが、今回はメンテナンスとタイマーのカチカチ音対策ということで日本製を購入し、ベッドルームで使っています。遠赤外線ヒーターの方はリビングで。これで今年の冬も何とか無事に越せるかな。
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バリアフリーとアクセシビリティ 23:05
 昨日は祖父の命日。一家で墓参りに出掛けました。このところ体調が不安定な母には車椅子に乗ってもらうことにしました。千葉の墓所までの移動は徒歩と交通を含めて片道一時間半の距離。墓所までは私鉄と営団地下鉄、そしてJRを使った数度の乗換えがあります。これ程の長い距離を車椅子で移動してもらうのは初めての事ゆえ、何かしらの問題が起きはしないかと内心、僕は若干の不安を抱いておりました。けれど危惧していたようなことは何一つとして起こらず、天候にも恵まれ、とても穏やかな時間を一家で過ごすことが出来ました。

 私鉄、営団地下鉄、JRの種別に関わらず、車椅子の通れる幅の広い自動改札の脇には駅員さんが常駐しているカウンターが隣接されています。その改札を通り抜けようとすると駅員さんは声を掛けます。そして乗客の行き先を確認した駅員さんは待機中の駅員さんへ連絡。数分も経たないうちに別の駅員さんが到着し、乗客を乗車ホーム階へと誘導します。基本的にはエレベーターやエスカレーター等の設備があるところが多いわけですが、古い時期に設計施工された駅は、その構造上の事情などからバリアフリーとしての改善が遅れており、未だに階段だけしかないところもあるそうです。しかしそうした駅では複数名の駅員さんが集まり、息を合わせて車椅子を持ち上げ移動してくれます。そして乗車時にはホームと車両との間に車椅子の乗降を補助するプレートを設置、降車駅には事前に乗車駅からの連絡を受けていた駅員さんが待機し、プレートを設置し、乗換口まで送り届けてくれます。

 普段は気づかずにいたのですが、実は駅構内では様々な配慮がなされているのです。しかし現状の設備で既に充分な状況なのかと云えば“否”であると現場の、ある駅員さんがおっしゃっていました。つまり今はまだ人の努力だけでは補いきれない部分もあるということです。今回の墓参りでは思いがけず、駅員さんたちのご苦労を感じた一方、そうした方々のお陰で助けられる側の有り難さも感じることが出来ました。それは僕にとってとても貴重な経験でした。

 ひと昔ふた昔前と比べ、社会の中での「バリアフリー」が進んでいることは紛れもない事実。しかし急速に進んできている高齢化社会のことを考えると建造物の段差をなくする「バリアフリー」という考えのままで満足してはいけないと僕は思っています。障害者や高齢者などにとっての対応が容易である「アクセシビリティ」という考え方や取り組み方へとシフトしてゆく必要性があると感じているのです。

 例えばエレベーターの配置。各々の階にエレベーターが存在していたとしても乗り継ぐのに苦労をしてしまうようでは利便性が満たされているとは云えません。やはり実際に使い勝手の良いものでなければ、それを真剣に求める人々にとっては意味をなさないものになっているのかもしれません。

 ハード面の充実は、物事に対する「思いの強さ」や「思いの深さ」に従う形で進んでゆくもの。何事もまずは「関心を持つ」といったことから始まりますが、そこから「実際に利用する立場になってどこまで考えられるか」ということがさらに大切になるのです。言い換えれば、ハード面の充実が追いついてゆかないという状況は「思いの弱さ」や「思いの浅さ」を露呈しているとも云えるのかもしれません。

 そうした「思い」はどこから生まれてくるのでしょう。そのもっとも大きな部分はやはり「実体験」からということなのではないでしょうか。かく云う僕も家族の内にそういった立場の人間がいてくれたから初めて気づかされたことです。でもそうした「家族」という感覚を「肉親」というカテゴリーから離れ、より広い範囲で持てるならば、様々な状況における「アクセシビリティな世界」のイメージを持つことが可能になるでしょう。そしてこの世界の中で自分を活かしてゆける方法が意外なところに見い出せるようになるかもしれません。どうやら僕にとってはまたひとつ学びたいことが増えたようです。
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「古都 奈良」 〜 西方見聞録 vol.11 04:47
 今回の旅をする間に沢山の写真を撮りました。今、それらをこのブログに掲載する為にパソコン上に並べて改めて見返すという作業をしています。そうすると写真が引き金になってその映像と共に撮影していた時に感じた様々な事柄も心の中に甦ってきます。それは写真の大きな楽しみのひとつでもあります。

 奈良で撮った写真を眺めていて思い出すことは、それらがとても懐かしく感じられたということ。それは「とても心が落ち着く」という感覚。まるで久しぶりに懐かしい場所へと帰ってきたかのようなリアリティを伴った感覚でした。

 実は、僕が奈良を訪れるのは初めてのことではありません。前に来た時は三十年前の高校の修学旅行の折りのこと。その時には「世の中には大層な大仏があるもんだな」という感想以外に特に心に残ったものはなかったように思ったのですが、その後、年を重ねてゆくうちに、いつかまた訪れてみたい、という思いが僕の中に生まれてゆきました。でも本当は三十年前にも“何か”を感じとっていたのかもしれません。ただその時は具体的な言葉にはならなかっただけなのかもしれないと思ったりしています。

 最近のことですが、ブログに掲載する際の画像処理について、まだその技法は稚拙ではあるのですが、加工なども施しています。その場合、僕は「目で見えていた色を再現する」というより「心に映っていた印象を再構築する」ということを大切にしようと考えながらに行うようにしています。時としてそれは大きな色調の転換や大胆なトリミング作業を行うという方向へと僕の心を向わせることもあります。

 奈良での写真は基本的に僕の中で“モノクロ”でした。撮影時はカラーだったのですが、心象風景を“再構築”している過程で“モノクロ”が一番しっくりとくるのです。古くからそこにある物だから懐かしさを感じさせやすい色調を選んだわけではなく、僕と奈良との接点という意味での“必然”がそうさせたように感じます。

 遠い思い出ほど色の記憶が抜け落ちやすくなってゆくものだと僕は思っています。つまり僕は、僕の心の中の奈良は遠い記憶の中にもあったのではないか、と感じているということなのです。それは三十年前に何気に観ていた風景なのかもしれませんし、もしかするともっと遠い昔、僕が今の人生を始めるずっと以前に観ていた風景「魂の都」なのかもしれないとも思っています。もしそうだとしたら奈良は僕にとって「大切な場所」であるかもしれません。いつかもう一度訪れ、そのことを確かめてみたいと、今の僕はそんな風に思っています。もし本当に「魂の都」であったなら、きっとまたその時の僕の心にも必要な何かを語りかけてくれるのかもしれませんから。

 “遠い過去”のことは正直、僕にははっきりとはわからないことですが、例えそれがいずれであったとしても、奈良という町が僕にとってこの上なく居心地の良い、もっとも好きな場所のひとつであることはもはや疑いようのないこと。この次はもっと長い時間を共にしてみたいです。
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2001年9月11日 00:35
 衝撃的なあの出来事があってから早6年。戦争にしてもテロにしてもそれらはずっと以前から世界中で起きていたことですが、日本に生きていてそれらがとても身近に起こりうることだと感じるようになったのは、やはり“9.11”からなのだと思います。きっと多くの人々がこの出来事から世界で実際に起きている悲しい出来事に対して大きな関心と共感を抱くようになったのだと思います。6年経った今、強くこの胸に感じることは、やはりあの時に感じたことを風化させてはいけないということ。

 あの日、僕はちょうど引越しの真っ最中でした。ベーシストの“ともきん”こと、長谷川知輝くんと二人で荷造りをしながら、運転担当だったメグちゃんの到着を待ちながら何気なくテレビを観ていた時にいきなりあの衝撃的な映像が飛び込んできたわけです。正直、何がアメリカで起きているのか、僕にはすぐに理解することは出来ず、呆然としたまま時間が過ぎてゆきました。

 何故“9.11”が起こったかということについては事件後から今日に至るまで様々な情報が入り乱れてきました。この数日においてもアメリカから首謀者と云われている人物の最近の映像がテレビで流されたりと今後についても多くの報道がなされ、人々の間でもいろんな角度から論じられてゆくことになるのでしょう。

 真実が何であるとしても平和ということについて人がここから学んでゆけることはとても多いのではないでしょうか。それは国会とか、国と国の代表者たちの間ではなくて、まず僕等ひとりひとりが真剣に考えることなのだと僕は思っています。そして大切なことは家庭や職場などそれぞれが置かれている今ある環境の中で目の前の不調和とどう向き合ってゆくかということなのだと思っています。もしかしたら小さな戦争やテロに似たことが身近でも起こっているかもしれません。

 僕にとってこの6年は人生を変えるような出来事がいくつも起こりました。ちょうどあの日をひとつのきっかけにするかのように・・・・。こんなことを書いているうちに今、ふと気づいたことは、“9.11”以来、一番変わったのは僕自身の感じ方や考え方だったのではないかということ。そうした経験があったからこそ「あの日の君へ」という詞も書けたのだと思います。またそこから生まれた思いはきっとこれからも僕にいろんな歌を書かせてゆくのだろうと思いますし、今、僕自身も何よりそれを強く望んでいます。それこそが僕に出来る一番の祈りだと感じているので。


 最後に“9.11”でお亡くなりになられた方々のご冥福を祈って、合掌。
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